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「ダイバーシティ」は経営にとってメリットがあるのか

「ダイバーシティ」

就職活動の際も就職してからも多くの企業がこの言葉を正義として唱え続ける流行が続いています。

今回の記事は「ダイバーシティ」について考察してみます。

「ダイバーシティ」は直感に反する

生命の原理的におかしい

しかし、「ダイバーシティ」という言葉を聞いた学生時代から私は不思議でなりませんでした。

生物の基本原理に反するように思えるからです。

ホモ・サピエンスのみならず生物の基本原理とは「自分と近縁である遺伝子群を拡張する」と考えましょう。

ダイバーシティが人種や遺伝的特徴が遠縁でないが同一人種(ホモ・サピエンス)の繁栄を手助けしろ、という考えであるなら我々生物が搭載している基本原理と反するものです。

歴史的にも生命は異質を排除し自分と遺伝的に近縁である個体を支援する原理を搭載し遺伝子を維持してきました。

逆に、遠縁を支援する原理を搭載した場合は自分と近縁な遺伝子は淘汰されるため、現代まで維持することは困難であったと思います。

親子愛も同じ考えで動いていると私は考えており、親子の場合は遺伝子としては50%近縁です。

上の原理で考えると親が子供を保護するのは「自分と近縁である遺伝子群を拡張する」という行動原理に沿っているからですね。

子供を保護するようにいとこを保護しないのは遺伝的に子供より遠縁であるからと考えると納得出来るのではないでしょうか。

外見的特徴が明らかに異なる場合は遺伝的な距離は大きく離れていると推定します。

そう考えると外見的特徴が離れている対象を保護しないことは当然です。

つまり親子愛を肯定する人は、同時に遺伝的遠縁を相対的に排除することを肯定しています。

広義の定義では経営学的にもおかしい

「ダイバーシティ」の意義を外見、人種以上に拡大し「異質の価値体系を受け入れる」と考えてみましょう。

これは不思議です。

例えば繁栄する会社の特徴を分析した「ビジョナリー・カンパニー」では繁栄する会社は「宗教的とも思える価値観を信望する」と考えられています。

実際に憧れの企業として挙げられる多くの会社はある価値観を強烈に信望する生物の集団であるケースが多く価値観としてのダイバーシティは見る影もありません。

ここで「異質な価値体系を受け入れろ」というのは経営学的にも突飛な主張です。

多くの会社は現在ダイバーシティを嫌っている

上の説明をするまでもなく明らかですが、生命は基本ダイバーシティ嫌いです。

人種差別、民族差別は常に「課題」とされています。

「ダイバーシティ」と考えを好む好まないを別として行動としては殆どの人は実行しません。

何故ダイバーシティを進めるべきなのか

上では「ダイバーシティは我々ホモ・サピエンスの直感に反する考えであり、殆どの人は行動として表さないもの」であることを述べました。

しかし、私はダイバーシティ推進派です。

それは何故かと言うと経営上、合理性があるからです。

ダイバーシティを進めるメリット

何故ダイバーシティが経営上合理的であるかを考えてみましょう。

ここでは人種を例にあげます。

A人種が支配的である組織があると考えましょう。

ダイバーシティを排除する場合はA以外の人種であるB,C,D...という資源を活用せず調達コストが高まろうともAを経営資源とします。

このような会社が増加すると同じスキルを持ったA人種とB人種では調達コストがA人種のほうが高まりますね。

B人種の調達コストは安いままです。

生物として直感的な判断である「異質を排除」を取り続けるからですね。

ここで1つの会社が直感に反して経営合理性を重視しB人種を調達するという判断をしたとしましょう。

説明するまでもありませんが相対的にA人種より有能もしくは安価な調達が可能となります。

A人種だけしか使えない群れよりも様々な人種を資源として活用可能な企業が強いという結論になります。

エクセレントカンパニーだからこそダイバーシティを進める

ダイバーシティを進めている企業といえばどこが思い浮かぶでしょうか。

ゴールドマン・サックス、P&G・・・

エクセレントカンパニーと言われる部類ばかりですね。

これは当然です。

ダイバーシティ推進とは生物としての直感に反した判断であり、高度に論理的な人物の集団でないと推進出来ないからです。

猿だらけの集団であれば異質は排除と考えダイバーシティの考えはすぐに無くなります。

合理性のないダイバーシティ

上ではダイバーシティは経営上合理的と説明しました。

しかしあらゆる「異質を受け入れる」が合理的なわけではありません。

例えば「異なるゴールを持った人類」を組織に入れることは非合理的です。

会社のゴールはXという集団を幸せする(資源を分配する)、その人のゴールはYを幸せにする、では必ず衝突が起こります。

同じ集団にいる意味もありません。

これは無意味なダイバーシティです。

合理的なダイバーシティの姿

合理的なダイバーシティの姿とはどのようなものでしょうか。

それは

1.相対的に安価で有能な人材を調達

2.同じゴールであるが、異なる視点を持った人材を調達

この2つが達成される場合です。

ダイバーシティという文脈が語られる場合、多くの場合は1ですね。

人種、性別という外見的に明らかな差異がある人材を調達することと異なる視点を持った人材を調達することは別です。

上でも説明した通り「斬新な視点」は歓迎されるべきですが「異なるゴール」を持った人材は経営を難しくするため不要です。

ビジョンをゴールと考えるならビジョンが明確な企業ほど「異なるゴール」を持った人材は不要でしょう。

「多用な視点」による創造性?

ダイバーシティを進める正当性の理由として以下のようなものが挙げられます。

革新性や創造性は、異なる視点、経験やアイデアなどが刺激し合い相乗効果によって生まれることが多く、均一的チームからイノベーションはあまり期待できません。
同質性の高い企業では、大多数の人が似たような視点や価値観を持つため、革新的なアイデアや問題解決策は生まれにくく、多様化する顧客のニーズにも適切に応えられないため、組織の競争力を低下させるのです。
対して異質性の高い企業では、多様な人材のさまざまな経歴、個性や能力をフルに発揮させることにより、変化激しく不確実な経済環境に柔軟に対応することが可能になります。米国のシリコンバレーでは研究者やエンジニアたちの過半数以上が外国生まれという調査結果が出ており、そのような多様な人材の集まりから、今までにない多くの斬新的な製品やサービスが生み出されているのです。

本当かいな笑、ごった煮をするとイノベーションが生まれるというのは雑な議論で嘘だと思ってます。

私はイノベーションの厳選は多様性ではなく個人の強烈なビジョンとそのビジョンに対して根拠が薄くとも強烈に突き進む推進力だと考えています。

ベンチャー企業のシードステージ(5名以下)にいるとしたら私は異質な考えを全力で排除します。

P(リーダー)「俺はこう思う、これをやろう」

Q(チーム)「いや、それうまくいくかわからないじゃん」

シード期に同じビジョンを信望することが出来なければそれで終わりです。

上のものはどのような組織でもよくある例ですね。

P(リーダー)「俺はこう思う、これをやろう」

Q(チーム)「それは面白そう!やろう!それこう具体化したらうまくいくのでは?」

P「いいね!」

実際のイノベーションの現場とはこういったものです。

ゴール・信望するものは同じだが、スキルセットは異なるだけです。

考え(信望するもの)が違うとイノベーションが生まれるとはおめでたい考えですね。 

ダイバーシティ重視企業の中身

ダイバーシティを推進する企業で働いた経験があるのですが面白いものでした。

とある海外オフィスで異なる人種、異なる出身地の人物が集まったのですが同じ社内用語、同じロジックで考えが進み最初のミーティングも極めてスムーズに進みました。

異なるのは外見的な特徴だけで中身の類似性に驚いたものです。

まとめ

・ダイバーシティは直感に反するが経営として合理的であり推進すべき

・ダイバーシティを推進するには論理的な組織でないと出来ない

・合理的なダイバーシティと非合理的なダイバーシティを混同しない