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人間の幸福感を作る「貢献本能」

こちらのツイート見てかなり強い納得感あるなと思いました。出典の本読んでいないのですが、「幸福感」と言ったものの正体はなんであるかをこの理論をベースとして少し掘り下げてみようと思います。

幸福感の要素として不自然な「貢献欲」

①、②、④は疑う余地があまりないのではと思います。

①:どうやら人間は共有が好きらしいので共有する対象が必要

②:金が無い不幸は多くの人の実感と差がないかと思います。安定定期なキャッシュフロー(700万円)、想定外の事態に備えかつ大きな買い物にも対応出来る資産(1億)という部分も納得感はあります。逆に金があればあるほど幸福感が増えるものでもないということも人間の感覚が対数的であるという点を考えれば同じ金額が与える幸福感が一定点を超えた後には急激に縮小するということも納得出来ます。

④:人間の頭の中を「楽しい」という感覚で満たすための工夫と捉えることが出来ます。幸福感というと掴みどころがないですが、日々楽しく過ごすと考えると鶏卵論ではありますが、笑顔に繋がるという点も分かります。

貢献欲の検証

さて、不思議に思うのは③の「人に何かを与える」の部分です。動物としての本能レベルで「人に何かを与えるインセンティブ」が刻まれているとは崇高すぎやしませんか。

掘り下げてみましょう。

1.そもそも対象は人である必要はあるのか

2.与えるとは何か、「役に立つ」とは何か

 

1.例えば「犬」の場合はどうでしょうか。自分が飼っている犬に優しくして喜んでいそうな素振りを犬が見せて幸福感を感じた。自然な感じはします。そういったケースを我々は多くみることが出来ますし、「地球に優しく」という活動が生きがいの一部となりうることもNPOや政治活動に精力的に取り組む人らを見れば、必ずしも対象は「人」である必要はないことは分かります。

森林保護でも活動のインセンティブを与えることは類人猿でも哺乳類である必要もなく「生物」であればよいのではと想定されます。これが「プラスチック」になった場合は成立しないでしょう。「プラスチックに優しくする」これが幸福感を与える要素と考えることは難しい。

 

次に「役に立つ」を考えてみましょう。そもそも「役に立つ」は人それぞれであり、「役に立つ」が捉え方によって「迷惑」なシーンなんで大量にあります。それでは「役に立つ」の基準は何でしょうか。

一つの考え方は「自分が役に立つと想定し、役に立ったと観測された時点で役に立つ行為をしたと確定し幸福感を感じる」つまり人が対象である場合は「感謝される」です。

他の生物に対する貢献でも人間は幸福感を感じるのでしょうが、ポジティブな反応を返す場合があるのは特に人間、また犬などでしょう(犬のしっぽを振る行為を「楽しいと感じている行為」と解釈する人は多い)。人間に好かれる生物がリアクションが強い生物であるという点も納得が生きます。

何故犬が虫よりもペットとして人気があるのか、という議論は虫は感情的なリアクションが一般的な人間が観測可能な範囲ではほぼなく、犬はそれが旺盛である、という観点からも納得性があります。(もちろん他の観点からも分析可能です)。

長くなりましたが「人間は貢献行為を行い感謝されることによる幸福をどうやら感じる」とは言えそうですね。

随分と崇高なエンジンを人類は搭載していますね。

これは生物として何故搭載されているのか、という点を考えてみましょう。食べたい、寝たい、征服したいという原始的な欲求は自然界での生存を考えれば非常に存在価値がわかりやすい。ただし貢献したいというのは何か。

何故人は貢献したいのか

生物学的なバックグラウンドは全くない私ですが、この「貢献本能」とも言える物の価値は個の生存ではなく生物全体の生存に対する力を強めているのではと思いました。

不思議なのは同じホモサピエンス以外にもこれが作用する点ですね。何故犬でも成立するのか。お互いに生存をサポートしあう本能はあれば種の生存力は強まることは納得出来ますが、何故他の種にも貢献しても幸福感を感じるのか。プラスチックと我々生物との間には明確な線引があります。

少し思考を飛ばして考えてみれば我々はホモサピエンスという種ではなくDNAを搭載した広い範囲での生物全体の長期的繁栄に適しているように設計されているのかもしれません。

生物全体の長期的繁栄を支える能力が生物に備わっていると考えると個の生存を強める食欲等だけでなく、貢献欲があるのも当然な気がしてきます。

「個の状態を改善する」だけが我々の行動原理であれば既に巨万の富を保有しているビル・ゲイツやウォーレン・バフェット、ジェフ・ベゾスの精力的な行動原理を説明することは困難です。しかし、我々には長期的な生物の繁栄(特に人間が主な対象とはなる)を支えようとする原理が搭載されていると考えると、個の状態が安定すればするほど、多くの人口、多くの世代への貢献を望むことは自然なことと言えます。

「貢献本能による幸福」で日常を豊かなものに

彼らと比較すれば一般人である我々は個の状態改善に集中してしまいがちですが、貢献本能が間違いなく全人類に搭載されているのであれば街なかの人を助ける(荷物を運ぶ、道を教えるも貢献)、会社の新人を助けるなどして「貢献本能による幸福」で日常を豊かなものにしてはいかがでしょうか。

えらいエモーショナルな文章になりましたが、対面で私はこういった議論をふっかけたりはしません。それでは。