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紳士に捧ぐ、男奢るべき論への向き合い方

こんにちは、シャイニング丸の内です。

twitterで定期的に話題に上がる「男奢るべき論」について少し考えてみようと思います。

べき論の議論に意味はない、自分としての選択をする

そもそもですが、お互いが異なる価値観、倫理感を持った中「べき論」に回答を出すことは不可能です。

「女は化粧に金かけているからその分・・・」

「いやいや、じゃ男は裸ですか」

「そういうことではなく・・・」

のようにしてベースとなる価値観が異なる以上議論は収束しません。

議論収束不可能なので定期的におもちゃに出来る結論のでないテーマなのでtwitterでは長寿コンテンツとして人気なんですね。

このような問題に対しては倫理的な議論ではなく普通にコストとリターンで考えるのが個人として正しい判断かと思います。

「奢る」コストを正しく認識する

さて、では最初にコストについて考えてみましょう。

食事の際は男のほうが普通は食うし飲みます、となると2名分の飲食費の6-70%はそもそも男が消費しているわけです。その時点で公平な金銭負担として計算するにしても会計時の金額を按分するので男が多めに払うのは理にかなっています。

奢る、ということは相手の負担を自分で受け持つことなので会計時金額の30-40%が自分が「奢る」金額ですね。二名で15000円なら5000円程度ということです。

リターンを考える

「奢る」リターンなんて言うとセクシーな話か、と思われそうですがキャラ違いなのでそこに対する解釈は他のメディアに譲るところとします。

1.店の選択権を得る

割り勘を前提にするなら相手の消費金額レンジに合わせる必要があります。この時点でめちゃくちゃ面倒です。私は数少ないゆっくり出来るディナーくらい自分の好きなもの食べたいので相手の経済状況考えないといけないのは面倒でこれをしなくていいのでこの時点で十分な権利を得ていますね。

2.モテる?!

個人的な考えですが奢ったらモテるなんて世界ありますかね。何故あの人好きになったのか、と聞かれて繰り返し奢られて好きになったとか起きないでしょう。ここの部分は「割り勘してくるケチなヤツ」というマイナスインパクトを打ち消す程度でプラスは特にないと思っています。要は攻めではなくケチブランドが自分につけられないための守備の意味合いです。

 

こう考えるとリターンは店の選択権を得ることと自己ブランディングの守備が主なリターンとなります。なんかショボいですね笑。

勤労感謝の日にチープな記事でした(*´ω`*)、皆さんごゆっくり。