読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シャイニング丸の内日報

転職や仕事術、仕事へのスタンス

ゴジラとコンサルタントの転職

こんにちは、シャイ丸ことシャイニング丸の内です。先日シンゴジラ見ました、久々にいい映画見ました、素晴らしい。

さてさて軽くゴジラに吹き飛ばされた私の勤務地ですが、普段コンサルタントとして勤務する私はもしゴジラが本当に襲ってきたら社内や個人はどうなるのか想像せずにはいられませんでしたので完全なる妄想として「もしゴジラが上陸したときコンサルタントだったら」というシミュレーション記事を書いてみようと思います。対象としてはコンサルタントからの転職を考えている方やコンサルタントへの転職、就職を考えている方が中心です。日々若手コンサルタントがどのようなことを考え、感じているのかをゴジラ上陸というドラスティックな事態と合わせシミュレーションしてみます。登場人物は仮名です。主人公である若手コンサルタントのことをここでは持田とします。持田は3年目のジュニア。大学卒業後新卒で入社、彼氏にも原因不明で振られ日々の生活に疲弊をしています。また本稿はネタバレを含んでいます。

ゴジラ上陸前夜:M&Aプロジェクトに突っ込まれている

プロジェクトキックオフミーティングにて

クライアント社長「いやーキャッシュリッチになっててさーこのままだとアクティビストファンドに狙われてしまうよー何かガツーンと投資したいんだよねーどっか買えとか言っちゃってよ☆」

持田「(自分の投資先とか自分で考えろよ・・・!)」

パートナー「ええ、日本企業も現在はクロスボーダーM&Aが活況でして私どものファームでも多くの実績があり私が携わったものでも・・・」

持田「(それお前プロジェクト提案資料に顔出てただけだろうが!)」

パートナー「ええ・・・ではロングリスト作成、絞り込んだ後にDDおよびPMIのシナリオ策定まで3ヶ月ほどでやれせていただければ」

持田「(スコープ!スコープ!)」

クライアント社長「じゃぁ前回もお世話になったし、今回もお願いしようかなっ☆」

パートナー「(じっと若手を見て微笑む)」

持田「(終わった)」

帰りのタクシーにて

持田「あの・・・スコープあの広さで二ヶ月て大丈夫ですか・・・」

パートナー「大丈夫だよ~ホラっマネージャーの玉木さん?彼似たようなプロジェクト何度もやったことあるから彼に任せておけば大丈夫だよ~。しかも今回韓国からむでしょ?あそこのマネージャーも似たようなプロジェクト結構やってるみたいだよ☆」

持田「(精神と時の部屋とジュニアで評判の玉木さんか・・・、今回は2ヶ月死ぬだろうし良い評価も望めそうにない。やや不満な顔をするクライアントや臭いチームルーム、謎の示唆を持ってくるパートナー、さらにハードワークをもたらす韓国との合同チーム、ダブルマネージャー体制に挟まれる私。もう3年目、いつまでこんなことやるんだろうか・・・)」

チーム編成:プロジェクト始動

ダブルマネージャー体制という最悪の体制で始まった本プロジェクト、その歪は一週間も経たず現れた。平和だったのは韓国チームが来日し、キックオフディナーが催されたくらいのものであった。若手は徹夜に日々苛まれていた、マネージャーは優秀というより細かさがバリューだと思っているようで無意味な参考資料を日々作らせた。類似案件を地球上から集めてどうする、そこに示唆はあるのか・・・持田は頭を悩ませていた。家にほとんど帰れない日々が続きインタビューのため日本全国を飛び回ってホテル生活が続く。12時にようやく解散となり疲弊する持田、昨日は3時帰宅だ。成長というキーワードに惹かれコンサルティング業界に入ったものの持田は細かいチャートをミスなく作れるようになり上司への報告をうまくすることがコンサルティング業界での「成長」と呼ぶのかという考えに囚われモチベーションはかなり低下している状態にある。ホテルのバーで一杯飲みながら考えていた(領収書はもちろん会社宛てで取っている)。この際だ、なんでもファームに請求してやりたい、もはや賠償金がほしい。賠償金、それが給与のことをCompensation(代償の意味、給与という意味でもある)といういわれか。部屋に戻りメールを確認し各国からメールが届いているのを見てもう本日中に返す気力を失いそうになりながらテレビをつける。

TV「巨大水生生物が・・・」

なんだこの尻尾は、M&Aの化身でも現れたのか?大学で生物学を専攻し、未だドクターに残っている知人に連絡をしてみたところさすがドクター、夜中でもすぐに返信が来た。給与もらえている分はドクターよりも私の生活のほうがマシかなと感じた。

ドクター「あ、あれ?みたみた。今の状態だと全然わからないなぁ。」

まぁそうだよね、ドクターがそんな巨大生物のこと知っているはずないか。ただ彼は世界中にフィールドワークに行って野人みたいな生活をしているのだが全然わからない状態か、今とりあえずそんなこと考えても仕方ないし寝ようかな。むしろ寝ないと明日そろそろ持たない。週末までにはなんとか持たせるんだ(現在水曜日)。木曜日になればあと一日!というテンションだけで乗りきれなくはない、明日だ!明日!マネージャーに対する怒りで乗り切るんだ!

ゴジラ上陸

チームルームにて

チーム「(全員無言、エクセルワークの極みに突入。巨大なモデルを持つ役割は幸い私には割り当てられなかったが少しでもミスをするとすさまじい勢いで玉木マネージャーは怒る。チームの前でも辛辣な言い方だ)」

玉木「俺さ、言ったよね?これこういう風に確認すればミスしないじゃん?こういうミスしてると食っていけないよ?」

持田「(嵐よ、去れ!去れ!)」

オフィスマネージャーからの連絡

メール「非常事態が発生している、巨大な生物がTOKYOに上陸し非常にUNSAFEな状態にある。I love my family so I go back to US」

チーム「???」

TV「大田区方面で巨大生物が上陸、被害が拡大しています」

チーム「おおお!?」

錯乱するファーム内

韓国マネージャー「ここはTOKYOではない!まずClientにValueをdeliverするためにour teamはcommitmentを・・・」

持田「DD続けるの!?私実家東京」

他チームの欧米人

フランス「I love my family I go back」

イタリア人「I love my family I go back」

アメリカ人「I love my family I go back」

韓国人「We deliver value!」

ドイツ人「We make charts(using 8pt font)」

日本人「よくわからないが働く!」

持田「よくわからないがエクセル組む!(思考停止)」

ゴジラひとまず水中へ

ひとまずいなくなったゴジラ、なんか日本人は継続して働くことになっている。さすがに東京オフィスからはかなり人は出払い各チームごとに地方をリモートの拠点とした。こういった体制が取れるのはリモートで働くことが多いコンサルティング・ファームはさすがだなと感じた。他の日本企業は麻痺している場所も多かった。全く良いことではないがなぜか自分の会社を誇らしく感じた持田だった。ファームが法人契約を結んでいるため高級ホテルでも一万円そこそこで泊まることが出来る、いつもは大阪、名古屋とどこでも高級ホテルに泊まり働くことが出来たのでそれはそれで快適であった。だが今回ゴジラは大都市をターゲットにする可能性が高いということで謎の地方に社員は分散した。謎の地方ではいいホテルなどない、群馬奥地のマイナー温泉地に来ることになった我々にはラブホテルだかビジネスホテルだか区別もつかないようなホテルに宿泊することになった。韓国チームには日本では嫌な思い出だろう。私にとってももちろん嫌な思い出ではあるがファームに入りホテルに求める基準が上がりすぎだ、学生時代は雑魚寝で仲良くやってたじゃないか。たかだが数年前、持田は懐かしい感覚になって少し安心していた。

ゴジラ再び上陸

鎌倉から上陸し東京に向かって進むゴジラ、さすがに関東圏にいるし不安だ。チームを停止させるかと思ったが韓国チームの勢いはとどまらない

韓国マネージャー「プロフェッショナルだろ!我々は!Clientにimpactをもたらすんだろ!」

持田「(Clientというより今やJapanへGodzillaのimpactが・・・!)」

謎に士気が高まるチーム、かつてないモチベーションで群馬奥地でエクセルを組んでいる。周囲は避難してきた都民も溢れかえり気づけばこのボロホテルも満室だ。ボロホテル経営者も喜んでいることだろう。

軍事作戦の後、ゴジラ完全に沈黙

矢口プランの目覚ましい活躍でゴジラは活動を停止、日本は救われた。各ファームも大きな被害を受けた。

BCG:紀尾井町炎に包まれる、名古屋はもちろん無事。これを契機としてさらなる拡大を図り新卒・中途ともに大量採用に動く。

Mckinsey:仙石山森タワー折れる。その精神からかTOKYO復興ボランティアプロジェクトにチームが大量参加。その流れで政府系やNPOへの流出が加速。

Bain:シャングリラ放射線で吹き飛ぶ。これを契機に転職を考える人も多く元々50名ほどだったファームで一気に規模は縮小、オフィスマネージャーと元JRのパートナーとその取り巻きだけが残る事態になる。

ATK:アークヒルズ、炎に包まれる。梅澤さんはグローバルから日本に帰ってきたがその矢先の出来事だえる。ファームとしては復興のコストカットプロジェクト獲得へ全力で動いたが若手はコストカットに夢を失い人員流出。

RB:ATKに同じくアークヒルズ炎に包まれる。便りの自動車は大きな被害を受けていないため無難に回す。特に会社に大きな変化はなかったが他で規模の縮小が相次いだためプレセンスが向上、棚からぼたもち状態になる。

ベイカレント:呼んだか!?大手町や丸の内が大きな被害?ITのシステム再構築が必要?任せろ!弊社は元々ピーシーワークスという技術者派遣会社!その技術者と最近様々なファームから引き抜いたパートナー陣を持ってすればシステム案件を根こそぎとってくれるわ!!!と大躍進を遂げる。

アクセンチュアPwC、デロイトもベイカレントと同じ流れを辿った。

ゴジラの登場により、少人数型のプロフェッショナルファームが格好いいフレームを売る時代は元々衰退傾向であったがゴジラとともに完全に沈黙に近い状態となり日本企業に受けがいい「手触り感のある」商品、つまりITのシステムにオペレーションのコンサルティングを載せ高額を請求するというコンサルティング新時代の幕開けのきっかけとなった。

持田、転職へ

持田も他のコンサルタントと同様に悩んだ。自分はこの国家未曾有の事態にDDをしていた、そしてプレゼンテーションはとりあえずしたがクライアントもクロスボーダーM&Aのどころではない。クライアント自身も国の将来を真剣に考えていたしもちろん被災復興協力をしていた。ただ被災復興のオペレーションはずたずただ。自分も今後ファームにいて外野の立場から好きなことを言うのではなくてズタズタなところに自ら入り込み改善を推進するリーダーとなるべきではないのか、社会的な立場がなんだ。ジュニアなんて年収650万円だ、そもそも高校時代も途中まで全く勉強せず途中から烈火の如く努力し一流大学に入学しそこそこ口がうまかったので激しい競争率を勝ち抜きコンサルティングファーム入社しただけの私に守るものなんてあるのか。もっと自分だけしか出来ないことをすべきではないか、くさい話だか人のためになることに自分の能力を使うべきではないか、マネージャーやパートナーのために参考資料を作る仕事ではなく。

多くのコンサルタントは今回の事件を経て自分の人生を見つめなおした、自分のそれなりに回転の早い頭脳、高いコミュニケーション能力、常に努力し続ける姿勢。それはもっと他のことに使うべきじゃないか。持田は転職する決意まで時間はかからなかった、表向きにはいろいろいったがネームバリューでなんとなく格好いいという理由で外資系コンサルを選んだというコンプレックスを持っており今回の事件は自分をそこから開放してくれたような気がした。20代後半に差し掛かった今人生で始めて「人の役に立つ生き方をしよう」という考えに至った。初めての転職活動を開始するにあたりそもそも自分の経験がどのようなところで求められ、どのような年収で転職が出来るかも全くわからない。

若手コンサルタントのオポチュニティとは

持田は若手であり同期の転職はおおよそ知人経由である持田にとって今の自分のどのくらいの価値があり、どのような機会(オポチュニティ)があるかもわからない。そのため持田はまず自分にある求人を確認するため2つの行動をとった。その2つとは

1.知人に転職を検討していることを話す

2.エージェントへの面談

だ。知人に話してみたところ多くのチャンスはあった。学生時代内定があった会社の役員にもまた誘われた、また起業している友人にも一緒にやらないかと誘われる機会は多かった。ただどれも中途半端な機会でなかなか一歩踏み出せるようなものは残念ながらなかった。自分が思っていた以上にジュニアのコンサルタントに与えられていた機会は限定されていると感じてしまった。

次にオープンな機会を探すためエージェントに会ってみようと思った。駅の広告などで様々なエージェントの名前は目にするものの転職期間の取得は行っていないためエージェントを渡り歩く時間はない。そこで人材バンクに登録し、オファーを待ってみることにした。ハイクラスの人材バンクと言えばビズリーチが有名だ。

↓リンク

コンサルタントはアナリスト時代はそれこそ年収は500-800万円レンジで激務と正直割にあわないと感じる場合が多いが一度出世しアソシエイトになれば1200-1500万円になることが出来る。仕事内容はアナリストと実質ほぼ変わらないので一番割に合う仕事がコンサルタントのアソシエイトである。持田も出世直前であるため年収1000万円以上は最低基準として持っている。そこで希望条件を最低1000万円以上とし、登録をした。

すると、一週間程度でかなりの数のオファーがあったIT系の事業会社やヘッドハンター、歴史のあるハウスメーカーの経営企画など自分が思ってもみないところからオファーが続々とあった。人材バンクはすぐ転職するつもりがなくても一度は登録してみるべきだと強く感じた。自分から応募するスタイルでは自分が知っている範囲の職にか知ることが出来ないのだが人材バンクはオファーが来るスタイルのため、思ってもみなかった機会に出会うことが出来る。

持田はビズリーチ経由で様々なエージェントに会って自分の生き方を見つめなおした。コンサルタントとして資料を作り続ける以外にも多くの機会がある。新卒ではつい会社のブランドで選んでしまいがちだが数年間コンサルタントとして勤務し、自分の価値観も変わってきた。20代後半の転職活動、まだ可能性は広く残されており自分の価値を知る良い機会であった。